暗がりに傘がひらく

知的な文学少年になれないままおじさんになっでしまったんだ

ヒトリとキミで生きる世界

夜明け前だというのに柔らかく暖かい夜風を感じながら歩いていた。たぶん、桜が散り始めた季節だった。最後に飲んだ何とかというウィスキも手伝って足取りは軽かったように思う。少し苦い口元を嫌い水を含み路肩にずれて口を濯いだ。ぴしゃりと小さな音を立てて濡れたコンクリートを眺めた。

駅に着いて始発の電車を待つ。ホームの黄色い椅子に腰をかけて空を見上げると少しだけ遠くが白んでいた。駅名表示板にかいてある駅の名前を誰もいないホームで呟いた。少しだけ胸が締め付けられる。

 

『少しだけ飲み直さない?近くに一人じゃ入りにくいけど気になるお店があって。』

 

五時間前、わたしが降りて別れるはずの駅にわたしは降りなくて、みっつだけ向こう側に進んだ駅に降りた。わたしがここに降りたのは初めてだった。

一つだけ歳上なのに弟みたいに頼りないけど、くしゃくしゃの顔をして笑って、でもたまに少しだけ寂しそうな顔をしていて。地元で出会って、一年違いで東京に来て、気づいた時には他のメンバーも含めて半年に一度くらい会って飲み会をする仲になっていたと思う。

何か共通点がある訳でもない、ただ地元が一緒だった、少しだけ高校の時に一緒にいた時間があっただけ。その距離感はゆっくりと弧を描くように縮まることも広がることもなく進んでゆき、かれこれ十年になっていた。

十年、その間にわたしも向こうもそれぞれ違う人生を生きて、違う誰かと一緒になって離れて、節目節目で新宿の居酒屋に入って近況報告をしていた。わたしが話すたび、向こうが話すたび、ああ、ふたりはこうして今は一緒にいるのにもう一緒じゃないんだなと悲しくなって、帰り道に泣いたことがあった。

 

『実は最近別れまして……笑 いったん今は一人で楽しいからいいけど、すぐ寂しくはなりそうだなって。結構フリーになって長いよね?4年くらい? 独身ライフの心得おしえてよ。笑』

 

いつもみたいにへらへらと笑う。カウンターに並んで座って見える横顔は笑っていたけど、少しだけ目元がさみしそうにみえた。反射的に、右腕で少し小突いて怒ってみた。たしかにわたしは4年くらいフリーだった。2人で飲んだ後の帰り道に初めて泣いたのも、ちょうど4年前だった。

別れた相手とは2年くらい一緒に住んでいたらしくって、別れたあとに会社から近いしこの街に引っ越してきたんだと教えてくれた。またわたしのなかで知らない新しい人生を歩いていく。少しだけわたしもさみしくなった。

 

そのあともいろんな話をした。仕事のこと。最近行ったアーティストのライブのこと。健康診断に引っ掛かったこと。彼が知りもしないリップの限定色が出たこと。わたしが何処かから感じてしまった思い出の穴を埋めるように、彼のへらへらと笑う顔を失うのが怖くて。

 

この十年という時間はあまりにも静かに動いたから、わたしはわからなかったんだ。どうすればこの心地の良い距離感を捨てるべきなのかどうか。わたしは怖かったんだと思う。今の距離感を捨てて一緒になったとして、それがずっと続く事ではないかもしれないと思ってしまったこと。ひとたび一緒になって、その時に幸せに焦がれたとしても、もし離れてしまった時に元の関係に戻れるのだろうか??

 

わたしは結論を出せなかったことを一軒前のダーツバーで飲んだテキーラを言い訳にして、わたしもさみしい顔をしてニコニコ笑っていたと思う。ううん。ちゃんと笑えていたのかすら、わからないな。

 

 

 

 

あとがき

こういう短編小説でも長編小説でも、販売していたらぼくに1ダースで送り付けてくださいね。